私たちがしばしば「異常気象」とよぶ,数日以上にわたって極端な天候となる現象には,上空の偏西風(ジェット気流)の大きな蛇行が関連していることが多くあります。ここでは,2018年6月末の関東甲信の記録的に早い梅雨明け,7月上旬に発生した「平成30年7月豪雨」,そして7月中旬以降の「災害級の暑さ」について,偏西風の蛇行という観点からまとめた動画を紹介します。
2018年夏の猛暑と豪雨に関しての詳しい解説は,異常気象分析検討会の結果に基づく気象庁の報道発表資料「平成30年7月豪雨」及び7月中旬以降の記録的な高温の特徴と要因について (PDF資料全文) を参照ください。
ジェット気流には,おおまかに言えば「亜熱帯ジェット気流」と「寒帯前線ジェット気流」の2種類が存在します。下の動画では「亜熱帯ジェット気流」の位置を黄色い3本線で,「寒帯前線ジェット気流」の位置を緑色の3本線で表しています。ジェット気流が蛇行し相対的に北上しているところを気圧の尾根(リッジ)といい,相対的に南下しているところを気圧の谷(トラフ)といいます。気圧の尾根は高気圧,気圧の谷は低気圧に対応すると考えてよいでしょう。黒い線はそれぞれのジェット気流の平均的な位置です。また,地表付近の気温の平年からの差を赤色や青色の領域で示しています。赤い領域では平年よりも気温が高く,青い領域では平年よりも気温が低いことを表します。ジェット気流はおおむね南北の気温差が大きなところを吹きますから,おおまかに言えば,気圧の尾根では暖かく,気圧の谷では寒くなる傾向があります。動画の左上の数字は日付と時間を示し,例えば 2018061500 は 2018年6月15日0時(UTC; 協定世界時) を意味します。
簡単な解説
6月末の関東甲信の記録的に早い梅雨明け
2018年6月29日頃(動画の開始13秒頃)を見てください。日本の東で亜熱帯ジェット気流が北上していたことがわかります。これに伴って本州の南東海上では,小笠原高気圧が強まり,梅雨前線が北上しました。このため,関東甲信では1951年以降で最も早い梅雨明けが発表されました。このときの亜熱帯ジェット気流は,日本の上流側(中東~中央アジア~中国~朝鮮半島)でも北上や南下を繰り返しており,顕著な蛇行がみられます。このような亜熱帯ジェット気流の蛇行は「シルクロードパターン(シルクロードテレコネクション)」とよばれています。日付をさかのぼると,亜熱帯ジェット気流の上流側(中東・中央アジア付近)では6月24日頃(動画の開始9秒頃)から蛇行が増幅していたことが分かります。
平成30年7月豪雨
2018年7月5日頃(動画の開始19秒頃)を見てください。ちょうどこの頃,西日本付近に梅雨前線が停滞し,西日本から東海地方にかけて記録的な降水量が観測されました。この直接的な要因は,梅雨前線に向けて多量の水蒸気が流れ込み続けたことですが,持続的な梅雨前線の形成とそこへの持続的な水蒸気の流入をもたらした要因として上空の偏西風の蛇行が挙げられます。亜熱帯ジェット気流には引き続きシルクロードパターン的な蛇行がみられますが,6月末の様子と比較すると蛇行の位置がややずれており,朝鮮半島付近で相対的に南下,日本の東で北上していました。気圧の谷の東側では力学的に上昇流の存在が要請されるのですが,この朝鮮半島付近の気圧の谷により持続的な上昇流が励起されやすい場が形成されたことが,梅雨前線の強化や持続に寄与したことが指摘されています。また,日本の東にみられる気圧の尾根に対応する小笠原高気圧の発達が,その西縁にあたる西日本の南海上での南風を強め,梅雨前線への多量の水蒸気の流入に寄与した可能性も指摘されています。一方で,日本の北では寒帯前線ジェット気流が顕著に蛇行し,東シベリアで気圧の尾根が発達していました。これに伴って,下層ではオホーツク海からその西側にかけてオホーツク海高気圧が発達しました。この西偏して発達したオホーツク海高気圧は,梅雨前線の北側にあたる日本海に冷涼な北東風をもたらし,これも梅雨前線を強化あるいは持続させた一つの要因であった可能性があります。
7月中旬以降の「災害級の暑さ」
7月中旬以降は,全国的に記録的な高温となり、「災害級の暑さ」と表現されたことも話題となりました。例えば,2018年7月20日頃(動画の開始32秒頃)を見ると,シルクロードパターン的な亜熱帯ジェット気流の蛇行に伴って,日本付近で亜熱帯ジェット気流が顕著に北上していたことがわかります。記録的な高温の期間には,亜熱帯ジェット気流が北緯50度付近を吹いている時期もみられました。この顕著な北上には,シルクロードパターンのような東西方向のテレコネクションだけでなく,PJパターンとよばれる南北方向のテレコネクションも関係しています。PJパターンは,フィリピン付近の積雲対流活動が強まる(弱まる)と,日本付近を覆う夏の高気圧が強まり猛暑となる(弱まり冷夏となる)という関係を示すテレコネクションです。残念ながら,この動画はPJパターンの動向を可視化することには適していないため,この様子を詳しくみることはできません。なお,ほぼ同時期に北欧でも寒帯前線ジェットの持続的な北上により猛暑となり,北極圏で30℃を超える気温が観測されました。
ジェット気流の平年の位置に関しての注意
黒い線は平年のジェット気流の位置を示しますが,この解釈には少し注意が必要です。2018年のジェット気流の位置(黄色や緑色の線)は平年の位置(黒線)と比べて南北に大きく蛇行していますが,これは必ずしも「いつもは真っすぐに吹くジェット気流が2018年には特に大きく蛇行していた」ことを意味しません。平年は数十年の平均から計算されるので,年ごとに様々な場所で北にも南にも蛇行するジェット気流が平均操作によって打ち消されて直線的になる(たくさんのランダムなグニャグニャを平均するとほぼ真っすぐになる)からです。したがって,地点ごとにみて2018年のジェット気流が平均的な位置よりも北上あるいは南下していたかどうかの議論をこの動画から行うことはできますが,ジェット気流の「全体的な蛇行の程度」を評価することはできないことに注意が必要です。もちろん,この動画からは評価できないというだけで,2018年に蛇行の程度が大きかったことを否定するものではありません。
動画の詳細
この動画の作成には,気象庁の全球大気再解析JRA-55より,6時間ごと・水平解像度1.25°の気圧面データを用いました。亜熱帯ジェット気流の位置については,200hPaジオポテンシャル高度の12330,12370,12410mの等値線を示しています。寒帯前線ジェット気流の位置については,300hPaジオポテンシャル高度の9250,9290,9330mの等値線を示しています。下層の気温は,925hPa気温偏差を等値線間隔1℃で描いています。気候値は1981年~2017年の37年間の平均値を15日移動平均したもので定義し,2018年の偏差はそこからのずれとして計算しています。また,2018年のジオポテンシャル高度場および気温偏差場に関しては,すべて5日移動平均を施してから描画しました。