先端研公開のトップページの副題に「異常気象の仕組みをさぐる」とあるように、私たちは異常気象に関係する研究を日々行っています。

異常気象とは、一般に、過去の観測から著しく外れた現象または状態のことを差します。
気温や降水量などの異常について考える場合、気象庁の定義では、概ねある場所・ある時期において30年に一度以下の頻度で発生する現象を異常気象と称しています。
異常気象と呼ばれる現象には、短時間(数時間~数日程度)で起こる集中豪雨などの現象から、時間スケールのより長い(半月~季節程度)現象まで含まれます。加えて、短時間で起こる現象に対しても、より長い時間を掛けて起こる天候・気候の変化や変動が影響を及ぼし得ます。というのは、気温や降水量などが過去の観測からどの程度外れているかは、短時間に起こる変動や現象とより時間スケールの長い変化や変動の重ね合わせによって決定されていると考えられるためです。
そのため、「異常気象の研究」と一口に言っても、研究のアプローチにはかなりのバリエーションがあり得ます。私たちの研究グループでは、大気や海洋の循環の様々な時空間規模の揺らぎ、そしてそれらの相互作用のメカニズムを紐解き、我々が日々経験する気象、特に災害をもたらすような異常気象の予測可能性の解明を主として目指しています。そこで本記事では、研究対象としての「異常気象」の一つの捉え方として、時間スケールの比較的長い「異常気象」を取り上げています。

皆さんが普段目にしている天気予報が対象としている期間は1週間程度か、長くてもそれを少し超えるくらいでしょう。それ以上先の日々の天気予報については、予報として発表するに足りる精度が得られないために発表されていません。
この背景には、観測の精度や予報に用いられている数値シミュレーションの性能などの技術的な要素もありますが、天気予報が可能な期間の長さにはそもそも限界がある、という事情が強く関わっています。
大気の運動・状態を記述する方程式は複雑であり、地球の大気を模した「数値モデル」を用いて長期間のシミュレーションを行うと、初期値に含まれる僅かな誤差が非常に大きくなるという性質が一般に見られます。このような性質を一般に「カオス的である」と言います。完全に精緻な初期値を得る事は不可能なため、大気のカオス的性質により、天気予報を行う事が出来る限界は数週間程度であると考えられています。

大気のカオス的性質を示す例として、地球の大気を模した数値シミュレーションの結果を見てみましょう。
動画のように、最初はほとんど区別不能な程度の誤差であっても、1か月後には非常に大きな差となって現れる事が分かります。

4つの僅かに異なる初期値から1か月間計算したシミュレーション結果を重ねた図
(データの詳細) 地球シミュレータ(ES2)状で全球大気大循環モデルAFES (AGCM for Earth Simulator)を用いて行った実験の海面気圧の6時間値。モデル解像度は水平約1°格子。Okajima et al. 2018で使用した実験結果を利用。

では、異常気象等に関する情報を十分に前もって得る事は不可能なのでしょうか。
例えば、数か月後の天候の予測や、与えられた社会・経済シナリオの下で現在から変化した将来の気候において、異常気象の起こり方の変化に関する知見を得る事は出来ないのでしょうか。

天気予報は「初期値問題」、異常気象や将来気候の予測は「強制応答問題」という別の問題です。
初期値から決定論的にある特定の日の天気を予測する前者と、確率的な予測を行う後者ではアプローチが異なります。100年後の今日の気温を予報する事は不可能でも、与えられた今後のCO2等の排出シナリオにおける100年後の平均的な気温を予測する事が原理的に可能です(現在行われている温暖化予測がそれに相当します)。
振り子に例えれば、ある瞬間の振り子の位置を予測するのが天気予報、振り子の位置に関する確率的・統計的な情報を得るのが異常気象や将来気候の予測です。例えば下の図のように磁石の数・配置を変えた場合には、それに伴って振り子の平均的な位置が変化しますが、前者を「強制」、後者を強制に対する「応答」として捉えるのが「強制応答問題」です。

振り子の運動のイメージ

多数の磁石を並べた上で磁石の振り子を振った場合のように、大気の状態は複雑な時間変化を示します。長い時間が経過した後のある瞬間の振り子の位置を正確な予測は、そのような振り子の有するカオス的性質により不可能ですが、振り子が平均的にどのような位置にあるかを予測・記述することは可能です。
「振り子の位置」と同様に、シミュレーションにおける大気の状態は不確定さを伴うため、長期間のシミュレーションもしくは複数のシミュレーションを行い、得られた大規模な出力データを統計的に処理する事で、不確かさを見積もるという手続きが広く行われています。